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伊右衛門売れすぎて販売休止

ベコベコのPETボトルの感触と、「緑茶成分入り まな板とスポンジの除菌ができるジョイ」みたいな濃ゆい香りで人気のサントリー「伊右衛門」だが、近所のコンビニで全く見かけなくなってしまった。なんか悪いモンでも見つかって回収か??と思っていたら、当初の見込みをはるかに超える売れ行きに、生産体制が追いつかなくなってしまって、一時出荷休止という事態になったそうな。

サントリー的には「うれしい悲鳴」だろうなあ。しかし、こういうのって、一度途切れると忘れられるのも早そうなので微妙。

ところで近所のコンビニすべてから消えたが、近所の自販機にはまだあったので、買ってきました。ウマー。

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十兵衛ちゃん2、 テニスの王子様

だああ、ビデオ予約ミスってグラヴィオンツヴァイの最終回取り損ねた!!
かなり落ち込んだけど、そういえばANIMAXで一日遅れで放送してたっけ。ラッキー。明日忘れず録画しよう。しかし、スカパーって画質悪いよね。ちょっと動きの激しいシーンだとブロックノイズでまくるし。ケーブルTV加入したときは「詐欺だ」とか思ったものだ。まあいいや。

それはさておき、十兵衛ちゃん2、盛り上がってまいりました。アクションシーンにもうちょっとだけ枚数ほしいけど、すげーかっこいいいぞ。しずくんがラスボスってのはまあ予想通りっつーか前シリーズとだいたい似たような展開だったけど。今シリーズ全くいいとこなしだった四郎がかっこよかったし。OKOK!!

ところで、普段僕が感想書くような作品ではないのだが、「テニスの王子様」今回すごくなかった?真田は目が透過光で光るし、大魔神激怒みたいなポーズで空高く舞い上がるし、しまいにはリョウマの新スマッシュで卍ポーズで吹っ飛ばされる(いや、現実ではなくて、あくまでイメージらしいんだけど)し……

あんたヘンすぎ

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デモンベイン アンソロジー

demonCover
斬魔大聖デモンベインのアンソロジーに漫画を描いたので買ってください。
カバーイラストは桜井正明
(アニメ版『機神咆吼デモンベイン』キャラクターデザイン・総作画監督)

出版情報は
レーベル:カラフルコミックスキッズ
タイトル:斬魔大聖デモンベイン コミックアンソロジー
価格:定価933円+税
判型:A5判
発売日:2004年3月19日
発売元:株式会社ビブロス
ISBNコード:4-8352-1568-0

だそうです。ちなみに作家陣は

きんりきまんとう
後藤寿庵
A-10
トリル弾
神楽つな
こうきくう
Fackey
成田りうく
Panch
BadHanD
戌角 柾
桜咲ももこ
時野 緑
へっぽこくん
(敬称略)

となっております。
当初PS2版デモンベイン発売直後に出版して美味いとこいただこうとしたのだろうけど、まあ予想通りゲームの発売が延期になってしまったなあ。PS2版の「機神咆哮」は角川がアレしてるせいか、ビブロス的にはこの時期でもあくまでPC版のアンソロなのね。

ちなみにボクは16Pのギャグを描いています。エロはナッシング。いやまあ、トビラでアルが全裸だし、ライカさんが脱いでるシーンもあるにはあるけど、H度は少年漫画レベルですね。

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フジテレビ深夜アニメのいい加減さ

R.O.D THE TV の放送が20話で終了することが決まった。
視聴者を馬鹿にした話である。フジテレビは、シリーズ物のアニメを何だと思っているのだろうか。WOLF'S RAINもテクノライズも予定話数を短縮して終わった。放送機材の調整や、スポーツの延長でつぶれるのはしょうがないとして、それによって話数が足りなくなり中断って、いくらなんでもひどすぎる。しかもこれが例外的な話では無いというところが異常だと思う。こんなふざけた放送をしているのはフジテレビだけだ。

フジ深夜枠で放送決定となったら、たかだか1クールや2クールのアニメでも、かなりの確率で最後まで放送されないことを覚悟しなければならない。こんな不条理があるものか。

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超重神グラヴィオンツヴァイ

6~10話をDVD-Rに焼くためCMカット編集しつつ、見直してみる。
基本的に作画レベルの高いアニメなのだが、
8話「重力が衰えるとき」はあきらかにヘン。キャラクターの顔が外国的。キャラデザがピーター・チョンか?ってくらい違う。しかし原画に外国人らしき名前は無いので個性の強い日本人なのだろうか。謎。
9話「紅ノ牙」はキャラデザに比較的忠実。ただし、ゼラバイアの顔などに妙な破綻が見られる。
10話「太陽の炎」はビックリするほどキャラが上手い。しかし、ロボアクションの動画はややダメ。だが平均すると非常にクオリティの高い回と言えるだろう、ところが、ラスト近辺、サンジェルマン城が浮上するあたりで、肝心の城の美術が驚くほどヘボい。浮上して巨大戦艦になる城はひょっとして3Dで表現しようとして間に合わず、設定資料を取り込んで10分で色塗ったのか?と思うような代物。全体にハイクオリティなだけに、なにがあったのか気になる。

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十兵衛ちゃん2

まろとさっちんが勉強しているところににこやかに現れる自由。しかし話してみるとなんか変。まろが「十兵衛」と呼びかけると、きょとんとして「なに?十兵衛って」

そこへ探しにきた父菜。さっちんがまろを指差し「元彼」
ああ、そんなストーリーもありましたっけ。ってーか俺同人誌でまろと父のエロ絵描いたし(笑)

しかし自由は父を見て「誰?」

おわあ。十兵衛ちゃんが……

十兵衛ちゃんが……

おかしくなられた……


いや、まあなんだ。年は取りたくないものだな。それはさておき、まるっきり普通に受け答えするが完璧に壊れてる。この描写は結構怖いぞ。

自由、菜親子は甘やかし甘やかされている。これはフリーシャの策略による指摘なのだが、実際的を射ている。菜が帰ってきた自由をぶつのは親として当然だろう。自由も父がそうすることを予想してもいいはずではある。しかし自由は父の存在を拒否し、父が愛情を込めて呼ぶときの呼び名「十兵衛」を拒否した。もちろん、自由が家を空けたのは、戦いで重傷をおったからであり、そんな娘を平手で迎える父親を拒否したくなるのもまたしかたないのだが、

自由って他人の気持ちをまるきり思いやれないのだ。思いやってるつもりなんだけど、どうしようもなくすれ違っている。鮎之助に同情し、結果としてそのレゾンデートルをまるきり否定してしまう。母が死んでからの父との生活は結局「いい親子であろう」とお互いに気を使いあって来ただけに過ぎない。だから、菜が本当の親ならしなければならないことをした(これも「本当の親子ならこうあらねば」と考えただけのように思えるが)事で親子の間の芝居が崩れてしまった。フリーシャがこれも策略で「自由がパーパは偽者だって言ってた」というのだが、これもまったくこの親子の実情を正しく描写している。ややこしいことである。

他人をまったく思いやれない自由…はっ、……考えてみれば、先輩の名前をどうしても覚えないというのも、その心の闇を表現しているのだろうか?って考えすぎか。

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くまりんが 見てた !・ 結局は思考の欠如の問題かと OpenDocネタに反応してくれた方々へ

くまりんが 見てた !・ 結局は思考の欠如の問題かと OpenDocネタに反応してくれた方々へ

ちと古い記事だけど、なんか懐かしいなあ、OpenDoc。

デベロッパにとっては、簡単に安価なパーツを作って商売しても旨みが無さすぎだし、ユーザーにとってはそもそも意味がわからんシステムだったわけで、失敗は当然の帰結だったのかもね。

OpenDocとはなんぞや、っていうと、要するに書類を作成する環境と言える。従来の環境は、何らかのアプリケーションが上位にあって、書類がそれに従属する。Photoshopを立ち上げて絵を描き、保存する。OpenDocでは、書類の雛形をデスクトップから開くと、書類が開き、そのなかに自由に絵だろうが文章だろうが配置して編集できる。そのためのパーツがパレットに並んでいるというもの。概念としてはアプリケーション指向から書類指向への大きな転換を促すものであったといえる。書類指向という概念自体はLisaにあったんだけどね。

でもこれって、使ってみると、「指向」の転換には程遠いんだわ。要するにOpenDocアプリケーションが起動して、OpenDoc書類を開くというように感じてしまう。その中で操作する各パーツエディタはOpenDocというアプリケーションのプラグインだと考えればいい。現在なら、Webブラウザのプラグインみたいなものだね。Webページ上にムービーやらFLASHやらのコンテンツが表示されるさまはOpenDocの概念とほとんど一緒。

OS環境としてのOpenDocを成功させるなら、Finder自体をOpenDoc向きに書き換えなきゃいけなかった。Finderのファイルメニューから「新規」を選ぶとOpenDocコンテナが作成されるとかね。

ユーザーから見て、従来のアプリケーションとの違いが明確ではなく、かつ、微妙に操作感が異なるってのがOpenDocだった。これはなんつーかMac上で他の環境をエミュレートして動かすみたいな、隔靴掻痒の感覚を抱かせる。

で、リンクした記事で、思考の欠如ということが言われていたけど、結局のところMac(に限らず現代のパソコンというもの)は文房具であって、それは最低限の使い方を知っていればいいものなんだよね。たとえば100個のファイルの名前に連番をつけなければいけなくなったとして、「コンピューター」なんだから、便利な方法があるだろう、と考え、AppleScriptなりシェルスクリプトなりで自動化するというのは、文房具の一般的な使い方じゃない。
スクリプトを勉強して試行錯誤するより、Finder上で一個一個リネームするほうが速い。

OpenDocにしても、他のテクノロジにしても、従来の方法に比べて、明らかに便利になると示されない限り、多くの人は使わない。OpenDocについては、あいまいな将来像ばかりで、具体的な便利さがさっぱり伝わらなかった。PhotoshopでPainterのブラシが使えるようになるみたいなのは、たしかに実現すれば便利だろう。しかし、自分のアプリケーションにユーザーを囲い込みたいメーカーがやりたくないことの筆頭じゃなかろうか。ユーザーから見てそれは信用できない将来像だった。

それでもユーザーに使わせたければ、これはもう強制するしかない。ジョブズがかつてマウスを使わせるために最初のMacからカーソルキーを取り除いたように、MacOS Xを使わせるためにMacOS 9を棺おけに放り込んだように。極端な形、従来のアプリケーションを廃止して、OpenDocパーツだけを認めるという方法も考えられる。ただしこれは大きな賭けになるけどね。

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