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邪馬台国


邪馬台国と言うと、まあ日本人なら大概知っているし、これがあった場所について長いながーい論争が続いているのも周知の事だと思う。さて、では実際の所邪馬台国はどこにあったかという話。考古学や日本史に疎い僕のような人間は漠然と九州かなあと思ってたりした。何しろ九州は当時の先進国、中国と近い。中国からいろんなものが朝鮮半島経由で九州に伝わる。あるいは支配者となる人々もやってくる。温暖で豊かな土地。あそこに邪馬台国があるのはごく自然な気がするのだ。日本神話も、神武天皇が九州から機内に東遷したと言ってるし、いわば当時の倭の中心である邪馬台国が九州にあって、適当な時期に政権が機内に移動したと考えるのが自然な流れだろう。僕は藤原カムイの漫画「雷火」が好きだが、あれなども、地域を特定していないが、どうもライカがカムヤマトイワレビコであることを暗示しまくっている。してみると九州説に立つことになるだろう。
数年前には、九州の吉野ヶ里で大規模な弥生時代の集落が発見され、ますます九州説が補強されたように見えた。その後、機内で大量の三角縁神獣鏡が発見されたが、そもそもこの種の鏡は中国で発見されていないから日本製であり、卑弥呼が魏から賜った鏡ではないという説も強く、いまいち決定的だという印象がなかった。
ところが、ここ2,3年、考古学者を中心に、邪馬台国は機内、もっと言えば奈良の纏向遺跡であるという事が、ほぼ決定的と言われているようだ。なんでも年輪年代測定法により、あのあたりの古墳の成立時期が、卑弥呼の時代まで遡ったらしい。年輪年代測定法は、一年単位で正確な時代を決定できる優れものの方法なので、これはほぼ間違いないとか。そう言われると、もともと日本史に弱い僕はあっさり転んでしまう。自分が九州なり機内なりの出身で、自らのアイデンティティーをかけた論争をしているのならともかく、なにしろ僕の田舎は岩手県。当時はアテルイすらいない未開の地である。邪馬台国がどっちだろうとあまり青筋立てて異義を申し立てるいわれもないのだ。面白ければよしである。機内説でもっとも有力な箸墓古墳は、もともと「ヤマトトトヒモモソ姫」の墓所とされているらしい(宮内庁指定陵墓になっている)。で、このヤマトトトヒモモソ姫のプロフィールはきちんとわかっているので、この人が卑弥呼だとしたら、日本の歴史時代に邪馬台国及び卑弥呼の場所がきちんとあてはまる事になる。これは面白い。

しかし、そんな事より、面白いのはこの「ヤマトトトヒモモソ姫」という名前ではなかろうか。すごくおっちょこちょいでしかもモソモソしている印象が頭に浮かぶ。「はにゃ〜ん」とか言ってそうである。ちなみに漢字では「倭迹迹日百襲姫」と書く。むむ、漢字を見ると。「日に百回襲う」ような気もする。なにい??「はにゃ〜ん」ではないのかあ!!??


参考

(http://www2.begin.or.jp/sakura/yamatai01.htm)(http://plaza.harmonix.ne.jp/~onizuka/History.html)

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